うるわしき、魅惑の古筆。

大名の暮らしと書

駿府御分物御道具帳
駿府御分物色々御道具帳

徳川家康が収集し、没後に徳川御三家へと受け継がれた膨大な遺品は、「駿府御分物(すんぷおわけもの)」と呼ばれています。尾張徳川家の初代、義直に伝えられた品の多くが、徳川美術館のコレクションの中核となっています。なかでも書の名品は、遺品目録「駿府御分物御道具帳」につづられ、天平の写経、平安の仮名古筆、鎌倉・室町の名家の筆蹟、桃山・江戸初期の武将の手紙など、数千点に及びます。

料紙装飾が美しい冊子本 重要文化財 重之集 伝 藤原行成筆
古筆手鏡
鳳凰台

「書は、大名の暮らしに欠かせない道具でした。掛け軸などに仕立てられた書は、座敷の床や棚、あるいは公的な場や茶席を飾り、所有する人の教養を示すシンボルのようなものでした。また、お嫁入り道具、書の手本、鑑賞用としても愛されてきたものです。」と吉川さん。
天皇直筆の書である宸翰(しんかん)、将軍や歴代藩主が直々に筆をとった書は、宝物としてとりわけ大切にされました。また、贈答品として喜ばれたのが、平安・鎌倉時代の貴族がしたためた和様(わよう)と呼ばれる日本独自の書、古筆です。桃山時代に、古筆の巻物や冊子を切りとり、アルバム状に貼り込んだ古筆手鑑(こひつてかがみ)が趣味人の間でブームになりました。吉川さんがおっしゃるには「今で言うスクラップブックのようなものでしょうか。」

江戸時代にもてはやされた「定家様(ていかよう)」
“歌聖”藤原定家の書

藤原定家 小倉色紙 こひすてふ
家康の「こひすてふ」
藤原定家 明月記切/定家 自筆書状

“歌聖”と呼ばれる藤原定家は、平安後期から鎌倉初期に活躍した歌人で、「小倉百人一首」の選者としても知られます。「見わたせば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ」という定家の和歌から、千利休の師であった茶人・武野紹鷗(たけのじょうおう)が、茶の湯の“わびの美”を悟ったとされ、茶席の床飾りに定家筆とされる「小倉百人一首」の色紙を掛軸に仕立てた「小倉色紙」が多用されるようになりました。
定家の書を所有することは武将や茶人のステータスとなり、最上の贈答品として扱われました。家康も定家の遺墨を数多く収集され、徳川美術館に伝わる「小倉色紙『こひすてふ』」は、「駿府御分物」のなかでも貴重な名品です。
「家康は定家の書に深い関心を寄せ、定家の書を手本に書をしたためたこともありました。家康の字は能書というよりは、味があって個性的ですね。定家の書風はクセが強く、本人も悪筆と認めていたほど。ですが、様々な歌集や『源氏物語』を書写し後世に伝える功績を残したその字は、誤りなく読みやすく、効率よく書きやすいという点で優れていました。」

定家の書体は「定家様(ていかよう)」と呼ばれて、江戸時代に書道の一流派となり、もてはやされました。「定家様」はやがて、丸みを帯びた装飾的な文字へと進化します。

定家の書体は「定家様(ていかよう)」と呼ばれて、江戸時代に書道の一流派となり、もてはやされました。「定家様」はやがて、丸みを帯びた装飾的な文字へと進化します。
「俊成卿九十賀図巻」では下絵の余白にアートのような「定家様」の文字がしたためられ、調和して美しい世界を生み出しています。

「俊成卿九十賀図巻」では下絵の余白にアートのような「定家様」の文字がしたためられ、調和して美しい世界を生み出しています。

俊成卿九十賀図巻
拡大図
俊成卿九十賀図巻

力感あふれる
尊円親王の文字
江戸幕府の公用書体、
青蓮院流の品格

重要文化財 広沢切貼込屏風 伏見天皇筆
右隻
重要文化財 西塔院勧学講法則 尊円親王筆
天皇の宸翰のなかでも、とくに敬われてきたのが、鎌倉後期の伏見天皇の書です。歴代天皇でも屈指の能書家として名高く、和歌にも優れた才を発揮されました。
「天皇にふさわしく堂々と風格のある筆跡が、素晴らしいです。『広沢切』は伏見天皇ご自身が詠まれた和歌集の草稿で、当時の和様書を代表する逸品です。」
伏見天皇の第6皇子である尊円親王もまた、書と和歌に秀でた方でした。藤原行成を祖とする世尊寺流に学び、京都・青蓮院の門主を務めた尊円親王の書風は、端正かつ力強い美しさで尊敬を集めました。その書風は青蓮院に代々受け継がれ、青蓮院流(御家流)と呼ばれる書の流派が生まれました。「手本や公文書にふさわしい品格と書きやすさを備えていたため、全国に広く普及し、江戸時代には公用書体として採用されました。」

極まる!仮名古筆の洗練美

名家家集切 兼輔集 伝 紀貫之筆

中国から伝わった漢字をもとに、日本独自の仮名文字ができあがったのは平安時代の頃でした。日本の美意識を映した和様の書は、雅やかな宮廷文化のなかで洗練を極めていきました。平安から鎌倉初期に書かれた和様の書は、武家や貴族に大切にされてきました。
平安時代を代表する仮名古筆の傑作として名高いのが、「重之集」です。
「三十六歌仙の一人である源重之の和歌を収めた家集です。伸びやかで流麗な筆跡、墨の濃淡、字のはらいや緩急…すべてが最高峰の美しさ。雲母の細かい粉を散らし、藍の打曇りがたなびく柄が入った料紙装飾と、見事なハーモニーを奏でています。」
「名家家集切」もまた、仮名古筆の名品として知られます。飛雲を漉き込んだ料紙に、繊細かつ気品に満ちた筆跡で、平安時代に活躍した歌人たちの和歌が書写されています。

絢爛たる料紙装飾と書
連綿の美

いにしえより日本では、書をしたためる紙の装飾という細部にまで、心と技を尽くしてきました。様々な色に染めた染紙、紫や藍色の紙の繊維を漉き込んだ料紙、砂のように細かな雲母の粉をまき散らした料紙、金銀の粉や箔、泥で装飾された料紙。平安・鎌倉期の料紙装飾には、貴族たちの意向や感性が反映され、最高峰の技が駆使されました。
「世尊寺流第5代を継いだ藤原定信による『石山切』は、その美しさで展覧会に出展されるたびに注目を集めるほど。各紙ごとに装飾が異なる料紙が使われ、技巧の限りが尽くされているんですよ。」
このように優美で希少な紙に字をしたためるのは、相当な覚悟と技量がいるのでは?思わずため息がこぼれます。

重要美術品 石山切 貫之集下 藤原定信筆  高松家寄贈
石山切 貫之集下 藤原定信筆  冨田家寄贈
重要美術品 石山切 貫之集下 藤原定信筆 岡谷家寄贈
香紙切 麗花集切 伝 藤原佐理筆

言葉や想いを伝え、人と人を結び、時を超えて人々の心をうるおわせてきた書。功績を残した人物の書や書風が愛され、時代によってトレンドがあったというお話を吉川さんから伺うと、書の背景にある人物像やストーリーに想いを馳せたくなります。書は、人なり。この機会に、奥深くておもしろい、書の世界を愉しんでみませんか。

close up

肉筆の文字は、筆動き、濃淡、線の美から、書いた人を思い浮かべたりするのも魅力の一つです。
尾張徳川初代藩主の義直が病から回復したことを喜ぶ、父の家康と兄の秀忠の書状が残されています。いずれも、幼少の義直に対する愛情がよくあらわれています。

徳川家康書状 おかめ・あちゃ宛
徳川秀忠書状 あちゃ・かめ宛

information

徳川林政史研究所 開設100周年記念

蓬左文庫 企画展
うるわしの古筆

●2024年1月4日(木)~28日(日)

古筆とは、平安・鎌倉時代の貴族がしたためた和様の書などを指します。「重之集」「名家家集切」など尾張徳川家に伝わった品から、寄贈を受けた「石山切」「関戸本古今和歌集切」など、古筆の名品の数々を紹介します。

大丸松坂屋友の会 会員様
松坂屋名古屋店deご優待

徳川林政史研究所 開設100周年記念

特別展将軍と尾張徳川家
―政(まつりごと)と儀礼―

企画展尾張藩と木曽山
―徳川義親のまなざし―

●12月15日(金)まで

一般 1,600円 → 1,440円

蓬左文庫 企画展うるわしの古筆

●2024年1月4日(木)~28日(日)

一般 1,600円 → 1,440円

松坂屋名古屋店本館7階友の会窓口にて
販売いたしております。

※会員様お一人につき4枚まで
※各企画展の最終日まで販売

2023年10月現在の情報です。

徳川美術館

御三家筆頭の尾張徳川家に受け継がれた大名文化を後世に伝えるため、19代義親により1935年に設立された美術館。「源氏物語絵巻」をはじめとする国宝9件、重要文化財59件など1万件あまりの美術品や歴史資料を収蔵。大名家伝来家宝のコレクションとして日本最大規模を誇ります。

■徳川美術館

〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017 
TEL.052-935-6262https://www.tokugawa-art-museum.jp/休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)
    年末年始12月16日(土)〜2024年1月3日(水)

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