FEEL J株式会社 代表取締役。漆を通じて心豊かな生き方を提案する、漆文化研究家。日本の漆をサポートする活動・ブランド「ウルシピクニック」主宰。新しい発想で漆文化と異分野を繋ぎ、幅広く発信中。 2022年、漆にまつわる交流の場「漆文化醸造LAB」をオープン。
https://www.feelj.jp/

日本の美しい工芸や建築を、塗料や接着剤として彩ってきた漆。
JOY CLASS編集部は、多様な伝統文化にふれる機会を通して、いにしえより漆が日本の暮らしを共にし、支えてきたことを知り、漆を通して心豊かな暮らしを提案するウルシスト®加藤千晶さんと、国産漆の一大産地、岩手県・二戸の浄法寺(じょうぼうじ)を訪れました。

まず訪れたのは、二戸市が運営する浄法寺漆の器の工房・ショールームを兼ねた滴生舎(てきせいしゃ)。希少な浄法寺の漆を使って製作されている漆器の工房です。工房の塗師(ぬし)で、所長の小田島勇さんに、浄法寺漆と漆器のお話を伺いました。

「とてもシンプルで、素朴でしょう?ご覧の通り装飾が少なく、浄法寺の漆器は、ふだんの暮らしで使うもの。暮らしのなかで使って、洗って、布巾で拭いて、を繰り返すうちに、日ごとに艶が増す、育てていく感覚といいますか、まるで真珠のように艶と輝きがでてくる器なんです。」
工房で行われる「塗り」だけで約15の工程があり、完成までおよそ3ヶ月かかるのだとか。
漆をまず木地に塗って染み込ませ、それを乾かしてから研いで平にして、またその上から塗って研いでを6回ほど繰り返します。

塗り重ねで仕上げ、装飾をあまり施さない浄法寺塗は、その”塗り”が決め手で、出来不出来が決まります。
「漆の漆液には、採取する人や、その年の天候によって個性があります。毎回の塗りが新しい出会いで、漆の素材自体が自然そのもののように感じています。」と小田島さん。「漆の個性を見極め、美しい表情を塗りこめていくのが塗師の腕の見せどころ。とはいえ、自然には到底及びません。」と微笑む表情は、漆への愛情と敬意に満ちています。

ガラス越に見える工房では、若き塗師たちが少しづつ塗り重ね、またひとつ、美しい器を生み出しています。
その様子を拝見していると、浄法寺の漆器は、様々な人の手を経て、私たち使い手の元へ届き、暮らしの道具となることがわかります。そして、多くの手を渡り、何重にも塗り重ねられた漆器は強く、傷めば補修しながら、何百年も使い続けられる器であることを知りました。

加藤さんが、漆をとりまく現状について説明してくださいました。
「一時は化学製品の勢いに押され、漆に関わる職人は激減しましたが、文化庁が国宝・重要文化財建造物補修に原則として国産漆を使う方針を掲げてから、なかでも高品質な浄法寺の漆が改めて必要とされ、注目されています。」
エコでロハスな美しい漆の器や漆の素材は、守り伝えていきたい日本の伝統文化の一つ。そう考える加藤さんは、10年・20年先、そしてもっと先の未来を見すえ、漆産業とともに漆の木の育成をサポートする取り組みを広めていこうとされています。
そんな加藤さん、「次は漆の木と、漆掻き(うるしかき)を見にいきませんか?」と、浄法寺の漆の森へ誘ってくださいました。

浄法寺は、その昔、浄法寺氏という一族の名前が由来で地名になった場所で、上質な漆の名産地としてその名を知られています。漆の森で、漆掻き職人の千葉裕貴さんと待ち合わせ。北海道で木工品づくりに携わったことで、天然塗料の漆に魅せられ、6年前から本場・浄法寺で漆掻き職人の道を歩んでいます。

千葉さんが、実際に漆掻きをしながら、語ってくださいました。
「漆掻きは、漆の木に傷をつけて、染み出てきた樹液を集めます。樹液を採取できるシーズンは漆の葉が大きくなり始める6月頃から落葉の10月頃まで。傷口に水が入ると木が傷むため、雨が降れば漆掻きはお休みです。」

「漆の樹液が採れる成木になるまでに、15~20年かかります。漆掻きをした木はその年のシーズンで掻き終わり、伐採します。約5ヶ月かけて1本の木から採れる漆液はわずか牛乳瓶1本分の200ccほどですから、大変貴重です。」というから驚きます。千葉さんの興味深いお話は続きます。
「枝ぶりや葉の大きさ、樹皮の状態から、栄養が行き渡った樹液が豊富な木のめぼしをつけて、下準備として樹皮を削ってからカンナで傷をつけ、ヘラで1滴ずつ採取します。採れたての漆は、ミルクティーのようにまろやかな色なんです。」ほんのり、甘い香りを感じることもあるそう。

「やってみませんか?」と誘ってくださった千葉さんのご好意に甘え、友の会のメンバーも漆掻きに挑戦!「どこまで傷付けたらいいものか…手加減が難しいです。」と恐る恐るやってみます。千葉さんに見守られながら、カンナで傷をつけて、染み出た漆の樹液に感激!ところが…「こんなに、わずか数滴なんですね…。」思わずつぶやいてしまいます。
「漆のクオリティは、傷の刻み方、漆の掻き方次第です。逆三角の形に、傷が何本も刻まれているでしょう?これは下から順に掻いていくためで、シーズンの最初は傷を短く浅くつけ、傷つくごとに漆の木が丈夫になっていきます。傷によって木は生命力を発揮し、傷をいやそうと漆の樹液を増やします。木は生きていると、実感させてくれます。」

「その年の天候、採取の時期、漆掻き職人の技によって、漆の樹液は表情を変えます。毎年異なる環境のもとで、安定した品質の漆を採れる名人を目指していますが、やればやるほど奥深い道です。これからも技を磨き、より良い漆を採りたいです。」千葉さんが、漆関連産業を志す二戸市地域おこし協力隊(うるしびと)に応募してから6年。漆掻き職人の道をひたすらに歩むその志と眼差しは、とても熱いものでした。

「漆しごと」に就く方々の姿勢と言葉は、まっすぐで清々しく、自然への敬意が込められています。
自然に寄り添い、共生する美しい暮らしが日本に息づいてきたこと、それを大切に守り伝え、育んでいる人達に出会えた岩手・浄法寺の旅でした。

大丸松坂屋友の会の会員様にも、伝統の浄法寺漆に触れていただき、ほっと心やすらぐ瞬間をお届けできたら…。そのような想いから、今回訪れた岩手県二戸市・浄法寺の滴生舎様に、大丸松坂屋友の会オリジナルの漆器を製作いただきました。2023年夏より、窓口で会員様をお迎えいたします。どうぞ、浄法寺の美しさとあたたかな手触りを、お手にとってご実感くださいませ。 このたび心を尽くして製作してくださった方々やアドバイスをいただきました方々―ウルシスト®加藤千晶様、二戸市役所の皆様、滴生舎の皆様、木地師はじめ多くのご関係者様に、心より感謝申し上げます。

2023年4月現在の情報です。

■滴生舎

岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6
TEL. 0195-38-2511
休業日/火曜日、年末年始https://urushi-joboji.com/life/tekiseisha