日本の美しい芸術の未来を創る、
担い手たちをご紹介するシリーズです。
今回は、日本の美事(みごと)、
「表具」という芸術の世界へご案内します。
京都の表具師、岡墨光堂の四代目・岡岩太郎さんを訪ね、
芸術家が描いた書画を”引き立て、守る”、
表具という美しい仕事、その伝統の技と美について、
お話を伺いました。

Profile
岡  岩太郎さん 表具師 (株)岡墨光堂 四代目 岡岩太郎さん

1971年京都市生まれ。関西学院大学院文学研究科博士課程前期修了後、米国スミソニアン研究機構フリーア美術館に勤務。1998年株式会社岡墨光堂に入社し、2009年代表取締役に就任。2014年に創業120周年を迎え、4代目岩太郎を襲名。文化財の修理に従事しながら、伝統的な表装技術を生かした現代美術の表具も行っている。

布や紙などを張ることで掛軸や巻物、屏風や衝立などを仕立てることを「表具」、「表具」に携わる職人を「表具師」と呼びます。日本では古くから、いわゆる「空間プロデューサー」の役割を担ってきた”美の匠”です。
表具師である岡さんに、この道へ進まれたきっかけを伺いました。「16歳くらいの頃かな…ドキドキと高揚が止まらなかった絵巻との出会いがきっかけだったんです。父に連れられて、初めて名古屋の徳川美術館へ出かけた時でした。国宝の『源氏物語絵巻』を見た時、”何て美しいんやろう”と魅了されてしまって。」
心奪われたその時から、岡さんは家業の「表具師」、そして文化財などの修理・保存の仕事である「装潢師(そうこうし)」の両方に興味を持ち、大学も日本美術史を学ぶ道を選びました。

日本人が共有する美意識といいましょうか、先人たちが「美しい」「良い」を極めた結果、それが積み重なった塩梅、バランスがいつしか「形式」といいますか「型」となって脈々と受け継がれていきます。そしてその“美”のとらえ方は、時代とともに変化してきました。かつては茶室などの床の間に飾る掛軸は、正座してやや上方に視線を送って鑑賞することが前提でした。しかし、椅子の暮らしが中心となった現代では、目線や見る角度が違うため、飾る高さもそれに合わせる必要も生じます。「表具」の“美”のあり方も、常に時代に寄り添い、変化あるいは進化してきたのだといいます。

書画のまわりを裂地(きれじ)と呼ばれる布で飾り、掛軸や巻物を伝統的な工芸品に仕立てる「表具」の仕事は、飾られる場所や空間に合わせて、書画を”装う”ことです。私たちが着物を誂え、帯を選んでいくように、書画の”顔”に合わせて、美をコーディネートしていきます。
一般的に床の間で目にする掛軸は「三段表具」と呼ばれ、3種の裂地を組み合わせて書画を飾ります。
日本人が共有する美意識といいましょうか、先人たちが「美しい」「良い」を極めた結果、それが積み重なった塩梅、バランスがいつしか「形式」といいますか「型」となって脈々と受け継がれていきます。そしてその“美”のとらえ方は、時代とともに変化してきました。かつては茶室などの床の間に飾る掛軸は、正座してやや上方に視線を送って鑑賞することが前提でした。しかし、椅子の暮らしが中心となった現代では、目線や見る角度が違うため、飾る高さもそれに合わせる必要も生じます。「表具」の“美”のあり方も、常に時代に寄り添い、変化あるいは進化してきたのだといいます。

岡さんによると、「表具」は依頼主のご意向をもとに、工房が大切に伝えてきた審美眼で書画に“着せていく”裂地を選ぶそうです。「表具」の世界では”食いつきがいい”と表現するそうですが、ピタッ!ときて満場一致、みんなが納得の「ええな」という取り合わせができる瞬間があるといいます。

「表具」の技術は8世紀頃に仏教とともに日本にもたらされ、写経をするために紙を染めて巻物に仕立て、経文や仏画を保護し、装飾したことが始まりといわれています。大切な書画を美しく、そして傷まないよう守る技術に、様々な工夫と知恵が重なって受け継がれ、今があります。
表装をする書画は、絵や書、大きさや制作された時代も様々で、平安時代の名手の作品から現代作家まで、その美に寄り添う、奥深い匠の世界であり総合芸術なのです。
岡墨光堂の工房に揃う数々の裂地を、特別に見せていだだきました。中国の元・明時代の染織品や日本の古典柄を復元し、京都・西陣の織屋さんで織ってもらった美しい裂地が揃います。ここには代々の当主が素晴らしい裂地や柄に出会った時に少しずつ創りためてきた裂地のストックが、豊富にあります。未来の「表具」のために仕込まれ、出番を待つ裂地たち。時代や国を超えて受け継がれた、美しい匠の技が息づいています。

時代や国を超えて、集められてきた裂地
金糸が美しい金襴(きんらん)/ 縦糸と横糸の色が違う緞子(どんす)

掛軸に仕立てる時、それぞれ役割を持つ3種類の和紙を書画に貼り重ねて仕上げていきます。まず丈夫な和紙で書画の土台をつくり、次に巻いても折れないよう柔らかな和紙で補強。最後に厚みのあるしっかりとした和紙で仕上げます。見えない部分に息づく美へのこだわり—「裏打ち」と呼ばれるこの工程が、掛軸を、そして空間の美を、いっそう引き立たせます。
「裏打ち」に使われる和紙だけでなく、糊、それを塗る刷毛など、仕事の細部を支える道具たちも、美を支える名脇役です。書画と「裏打ち」の和紙を接着させる糊は、小麦デンプンを水で溶いて炊く昔ながらのもの。甕の中で約10年寝かせて熟成させたものを古糊、炊いてすぐの糊を新糊といいます。「接着力が強い新糊だけを使うと、乾燥した時に固くこわばって掛軸が傷む可能性があります。『表具』ができるだけ長く保たれるように、接着力が弱い古糊と使い分けているのです。」と岡さん。書画に重ねられる和紙と熟成された糊こそ、昔から大切に守られ、100年、200年先まで受け継がれる先人の技と知恵の結晶です。

昔ながらの「裏打ち」の技や素材、道具の素晴らしさを、岡さんは「装潢師」の仕事を通して改めて実感されたといいます。「装潢(そうこう)」は、「表具」の技術を土台に、修理に特化して発展してきたため、「装潢」と「表具」は深くつながりあっています。
「『装潢』は今残されている文化財の美を守りながら、何百年先も最適な状態で保存されるよう、さらに次の修理のことも考えて修理します。数十年、数百年前に行われた前回の修理跡に、その丁寧な仕事、先人たちの技に、職人魂を感じます。そして、伝統の技や糊、和紙が、この先も何百年と文化財を守り抜くために最適であることに、気づかされます。そのおかげで実際に何百年も保たれてきたわけで、年月が実績の証ですよね。」また、「表具師」として培ってきた美に対する感性や情熱も、「文化財の修理においてとても大事」と岡さんはお話くださいます。
日本の大切な宝である文化財を修理する「装潢師」と、書画と空間をプロデュースする「表具師」の二つの顔を活かし、連綿と続いてきた技と美を守り伝えてきた岡さん。その手には豊かな伝統が、瞳には清々しい志が宿っているようでした。

料亭や旅館の床の間にかざっている掛軸、美術館で展示されている絵巻物なども、日本の暮らしに受け継がれてきた「表具」という目線で鑑賞すると、いつもと違った美に気付くかもしれません。芸術の秋、アートにふれる時間を過ごしてみませんか?

Topics

日本を代表する物語のひとつ「源氏物語絵巻」

16歳の岡少年の心を揺さぶった、徳川美術館所蔵の国宝「源氏物語絵巻」。時を経て、岡墨光堂を継いだ岡さんご自身がその修理に携わることになったのも、美しいご縁でしょう。鮮やかによみがえった物語は、徳川美術館で開催される「【特別公開】国宝 源氏物語絵巻 竹河(一)・東屋(二)」で、その一部をご覧いただけます。

徳川美術館
                          【特別公開】国宝 源氏物語絵巻 竹河(一)・東屋(二)
                          ■2023年11月18日(土)~26日(日)

2023年7月現在の情報です。