年の瀬の始まり おこうこ漬け

桃山大根を1週間ほど日陰干し
桃山大根を1週間ほど日陰干し
約40日漬けると大根の辛みが抜け、食べ頃に
約40日漬けると大根の辛みが抜け、食べ頃に
おこうこは、京の暮らしの基本
おこうこは、京の暮らしの基本

桃山大根が市場に出始めると、杉本家では、年の瀬の仕度が始まります。新しく迎える翌年に向けた「ケ」の“おこうこ漬け”の仕込みです。“おこうこ”とは、京都弁でたくあんのことを言い、江戸時代から杉本家に伝わる暮らしの覚え書き「歳中覚(さいちゅうおぼえ)」にも、おこうこに関しての記述があり、桃山大根を使うのがお決まりです。「日陰干しをしてから塩とぬかで漬け込むんを年内に済ませて、年明けから1週間ほどで新しい“おこうこ”をいただきます。『歳中覚』によると、江戸時代はお茶漬けとおこうこが朝夕の献立の基本でした。漬物専用の小屋があるくらい、毎日の食を支えるおこうこは自家製があたりまえやったんです。」と節子さん。
おこうこを水につけて塩気を抜き、じゃこと一緒に炊くと、「おこうこの炊いたん」という京都でおなじみの常備菜に。夏頃には発酵が進んで塩辛くもなるおこうこをアレンジする、暮らしの知恵です。冷蔵・冷凍ができる今では頻繁につくることはなくなったという節子さんですが、「祖母や母がよく炊いていた記憶とともにある、私にとってのソウルフード。」と昔を思い出した節子さん。ふっとやさしい微笑がこぼれます。

今年のお正月も、おかげさまで「相変わりませず」

貝づくしの蒔絵が美しいお重
貝づくしの蒔絵が美しいお重
神様と人を橋渡しする、祝い箸
神様と人を橋渡しする、祝い箸
祝い肴に煮抜き(ゆで卵)を添えて
祝い肴に煮抜き(ゆで卵)を添えて

杉本家のお正月の過ごし方についてお伺いしました。「特別な贅沢はなくて、相変わらず簡素といいますか、『こうと』なお正月です。とはいえ、『歳中覚』に記されているお正月の料理をいただくと、清々しい気持ちになりますね。」と節子さん。
「家族で新年のあいさつを済ませたら、昆布と小梅をいれた大福茶(おおぶくちゃ)、お屠蘇、お雑煮、祝い肴をいただきます。」盛り付けるのは、江戸時代から代々のご先祖様が使ってきた、貝づくし模様の重箱や家紋入りのお椀。そこに新しい祝い箸を用意します。「片方の端は私達、“人”のためのもので、もう一方は神様が使わはるためのものやそうですね。」ご来客がある時には、おもてなしの肴として「煮抜き」を用意します。「京都では、ゆで卵を『煮抜き』と呼ぶんです。煮て煮て“煮抜く”ことが語源なんでしょうね。『歳中覚』にもお客様のおもてなしには卵、と書かれています。今は特別なものでなくなりましたが、昔は希少で、高価なおもてなしの肴としてお出ししていたのですね。」

円満を願って、具は丸う丸う

元旦と2日は、白味噌のお雑煮
元旦と2日は、白味噌のお雑煮
縁起かつぎの頭芋と小芋
縁起かつぎの頭芋と小芋
3日目はすまし雑煮でさっぱりと
3日目はすまし雑煮でさっぱりと

京都のお雑煮は白味噌仕立てが基本のようですが、杉本家ではいかがでしょう?「元旦と2日は、白味噌雑煮です。入れるのは、丸餅に頭芋、小芋、大根。赤い人参を加えるお宅もあるようですが、うちとこは白い色だけ。どの食材も、丸う丸うこしらえます。」お椀に映える白色は、目に清らか。丸餅は人づきあいを円満に、頭芋は人の頭に立てるように、小芋は子孫繁栄、大根は根をはるように力強く、とそれぞれに意味が込められています。
「お雑煮は神様にお供えするもんやから、昆布だしで仕上げます。お供えの後でいただく時に、精進をとく意味で鰹節を盛るんです。」と節子さん。江戸時代の人々にとって鰹節は贅沢な食材で、常日頃から口にするものではありませんでした。「お正月を無事に迎えられた感謝とともに、ごっつぉとして愉しんではったんでしょうね。」と、盛りだくさんな節子さんの白味噌雑煮は、丸々と、そして福々と、良い年の始めを感じます。
3日目は、丸餅と水菜を具にしたすまし汁のお雑煮です。「これもさっぱりして、なかなかええもんです。」

お正月のお料理 ハレからケへ。

7日の七草の日には、福わかし餅(=餅入りの七草がゆ)を
7日の七草の日には、福わかし餅(=餅入りの七草がゆ)を
「歳中覚」にも「福わかし餅」の記載が
「歳中覚」にも「福わかし餅」の記載が
お正月行事を締めくくる、小豆がゆ
お正月行事を締めくくる、小豆がゆ

白雑煮からおすましの雑煮を頂く三が日をすぎると、「歳中覚」には、「1月7日に福わかし餅」という記述があります。聞きなれない「福わかし餅」とは何でしょうか?「丸餅を入れた七草がゆを、そのように呼んでいたようですね。」邪気を払うとされる春の七草に、腹もちのする丸餅を添えて。福を沸かすという名も、商家ならではなのでしょうか。いかにも福とパワーがわいてきそうなメニューです。小正月の15日には、丸餅入りの小豆がゆを。歳の暮れから忙しい年始までを過ごしてきて、やっとひと息つける頃。やさしい味わいに、ほっと心がなごみます。翌16日の朝にお道具類を片付けると、ケの日常に戻ります。
こうしたお料理が、時の進み、心の節を知らせてくれる京町家・杉本家のこうとな暮らし。
ご先祖様が書き残した習わしを大切に、気持ち新たに年を迎える杉本家の、つつがない毎日への感謝と心の節が、そこにはありました。「お蔭様で相変わりませず。」この言葉で迎えられる年の瀬に、感謝と幸せを感じずにはいられません。
「習慣や行事といった無形の文化を後世に伝承できるのは、有形の文化あってこそと実感しています。」と節子さん。
国の重要文化財指定の杉本家住宅は、23年秋に、大屋根の瓦の葺き替えなど、大がかりな修繕が終わる予定です。
相変わりませず、未来へも、この「こうと」な京の暮らし、無形の文化と共に受け継がれていく事を願う年の瀬です。

profile

杉本家10代目当主・料理研究家
杉本 節子さん

京都市生まれ。公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会常務理事 兼 事務局長、料理研究家、エッセイスト。生家は重要文化財「杉本家住宅」・名勝「杉本氏庭園」。京町家・杉本家と京都の年中行事、歳時記に関する歴史・食文化と伝統食を継承。食育活動からメニュー開発まで幅広い分野で活躍中。主な著書に『京町家のしきたり』光文社知恵の森文庫、『京町家・杉本家の献立帖』小学館など。

2022年10月現在の情報です。

■重要文化財 杉本家住宅

〒600-8442
京都市下京区綾小路通新町西入ル矢田町116
TEL 075-344-5724https://www.sugimotoke.or.jp/※2023年12月末まで修復工事のため、特別公開および解説見学は未定です。
状況をみながら公開を検討します。
詳しくはホームページをご確認ください。