豊かな食文化が息づく地を訪ねます。今回の行き先は、醤油のふるさと・和歌山です。私たちの食卓に欠かせない醤油は、どのように生まれ育ってきたのでしょう?おいしさのルーツを訪ねて、醤油醸造蔵の老舗と醤油発祥の地と言われるお寺をめぐりました。

蔵が育てる、
角長の醤油

和歌山・湯浅の情趣あふれる北町通りを歩くと、醤油の芳しい香りに誘われます。香りのもとをたどると、湯浅醤油の醸造蔵「角長」に出会います。1841年創業当時の建物や古い道具類を今に受け継ぎ、伝統的な醸造法で醤油づくりを行う老舗。角長の6代目・7代目を務める加納誠さんと恒儀さん親子が、天保時代そのままの醤油蔵を案内してくださいました。
「うちは冬だけの寒仕込みで、手づくりの伝統製法を、創業当時から守り続けています。」と誠さん。
醤油は、大豆と小麦に麹を混ぜて4日ほど寝かせた後、仕込み桶で1年半から3年をかけて醸し、もろみをつくります。「これが、うち独特の蔵つき酵母です」と蔵の天井や梁のいたるところに付着した白いものを指し、「醤油って生き物でね、おいしい醤油を育てるのは蔵と蔵に棲みついた酵母菌。毎年異なる菌の様子をうかがいながら醸します。私ら人間は菌のお手伝いをしているだけ。180年も醤油をつくってきた蔵のほうが何でもわかってます。ただただ、感謝の想いです。」と微笑みます。

味を調える力は感動もの!濁り醤(180ml) 税込640円 
刺身や煮つけにも
※2022年4月現在の情報です。

一本気に醸す
醤油づくり

もろみを醸す酵母菌を好むという、蔵住みの菌が住みついて、角長の蔵の屋根は真っ黒です。「醤油屋の黒瓦は、ほんまもんの酵母菌が生きている証拠です。」と聞かせてくださったのは恒儀さん。続いて、もろみを搾った生醤油を釜で煮る火入れ作業を見せてくれました。「火入れには、必ず松の薪を使わなあきません。火力がちょうどよく、醤油の旨みが引き出されるんです。」とお話いただいていると、「これもいい味してるでしょ。」と5代目の長兵衛さんと誠さんが鎌倉時代の醤油の再現を目指し、30年の歳月をかけて製法を見出された醤油を味わわせてくれました。それが「濁り醤(にごりびしお)」です。伝統の搾りや火入れをせず、添加物は一切不使用。独自のざるでもろみをすくい、旨みの詰まった汁だけを取り出した生醤油です。「炊きたてごはんに一滴たらすだけで、味わい深い。水で割っても、味が壊れず芯があるんです。」と誠さん。味見をしてみると、柔らかな香りのなかに凛々しい力強さも感じます。その味わいは大量生産はできない伝統の醤油を一本気に醸し続ける、加納さんご一家の姿と重なるようでした。

醤油の原点になった
金山寺味噌発祥の
興国寺へ

次に訪れたのは、醤油のルーツ・金山寺味噌が伝わったといわれている興国寺。湯浅から少し南、由良にある古刹です。金山寺味噌は、いわゆる“なめ味噌”で、その発祥の物語を興国寺の監院を務める田中禅徹さんに伺いました。「鎌倉時代の禅僧・覚心さまが修行先の中国・宋から持ち帰ったのが、金山寺味噌の始まりとされています。味噌桶の底にたまった汁がおいしいことが発見され、それが醤油の原型になったとか。」
覚心さまは中国からの帰国時に、尺八の名手であった虚無僧も連れ帰りました。さらに「興国寺には、火災にあったお堂を天狗が一夜で建立したという天狗伝説もあるんですよ。」とのこと。「おかげさまで、興国寺は醤油や虚無僧発祥の寺として、禅宗信仰とともに大切に守られてきた歴史があります。天狗伝説はそのことを象徴するお話だと、私は思っております。」
人々に愛され、伝えられてきた金山寺味噌のおすすめの愉しみ方をお伺いしました。「夏はみょうがを刻んで和えるとおいしいですよ。和歌山らしい食べ方なら、茶がゆに添えてもいいですね。」さっそく試してみたくなりました。

水が美しい醤油の町
湯浅

水質がよく古くから港町として賑わってきた湯浅で金山寺味噌づくりが広まり、その後、醤油が生まれ、醤油の町として発展してきました。その技術は江戸時代の紀州徳川藩に手厚く守られ、海路を経て千葉にも伝えられました。醤油で栄えた湯浅の町並みや建物は、角長に代表されるように、華美なところがなく実直で機能的。醤油蔵の裏側にはかつて醤油を積み出した通称「しょうゆ堀」があり、往時のおもかげをしのばせます。
湯浅を代表するグルメを町歩きで見つけました。湯浅湾で水揚げされた、しらすたっぷりのしらす丼です。ほかほかのごはんにしらすやネギをのせて、湯浅醤油をたらりとかけて。海の幸と伝統の恵みが口のなかで豊かに広がります。歳月と酵母菌と人々の情熱に、大切に育てられてきた醤油。湯浅で出会ったその味は、格別でした。

取材協力:湯浅町観光協会、湯浅町商工会

2022年4月現在の情報です。

記事中の角長「湯浅手づくり醤油」は、大丸心斎橋店本館B2F、老舗・銘店の上質な味わいを集めたワンランク上の食材セレクトショップ「結(むすび)」でお取り扱いがございます。(ご好評により品切れの場合がございます。)

900ml 税込1,404円
※2022年4月現在の情報です。

■角長

和歌山県有田郡湯浅町大字湯浅7
TEL.0737-62-2035
営業時間/9:00~17:00*醤油職人の知恵と汗の結晶である貴重な醤油民具類を、資料館にて無料で公開しています。
ぜひお立ち寄りください。

角長 資料館 開館時間/9:00~17:00
(日曜日は10:00~16:00、いずれも12:00~13:00は閉館)http://www.kadocho.co.jp

■臨済宗 鷲峰山 興国寺

和歌山県日高郡由良町門前801
TEL.0738-65-0154