10銭均一の洋食が大評判!

大阪・大丸心斎橋店のほど近くに数寄屋建築の本店を構える、洋食レストラン・北極星。100年の歴史を紡ぎ、オムライスの名づけ親として知られる北極星の物語について、代表取締役の北橋茂登志さんにお伺いしました。
「北極星を創業した父の茂男が奉公に出ていた時、栄養失調で倒れた経験から、食べるのに困らんようにと、飲食のお店で修業を積んだ後、大正11年に大阪で『パンヤの食堂』という店を開いたのが、うちの店の始まりなんです。」
その屋号の由来は、修業先のパン屋さんにお世話になったおかげで、自分の店が持てたことへのご恩返しを考えてのこと。修業先のパンを店頭に並べ、その奥で洋食店を営みました。「ハヤシライスやカレーライス、とんかつなど、当時は珍しかったハイカラな洋食がすべて10銭。かけうどんと同じ値段で食べられると、よう繁盛したそうです。また父は親孝行な性分で、『孝行息子の店や』と通ってくださる常連さんもおられたと聞いています。」
高嶺の花だった洋食を、リーズナブルな価格で提供するアイデアは大当たり!昭和初期には23店舗を展開し、昭和10年頃には約550人の従業員を抱え、1日に3万5千人ものお客様にお越しいただいた日もありました。

やさしい気持ちから生まれたオムライス

オムライスの誕生は、開店から3年が経った頃。胃が弱く、いつもオムレツと白ご飯をご注文されるお客様がいらっしゃいました。「『たまには違うもんを』と父がケチャップで炒めたライスを薄焼き卵で包んでお出ししたら、お客様が『おいしい!これ、なんや?』と。父はとっさに『オムレツとライスをくっつけて、“オムライス”でんな』と答えたそうです。大阪らしいシャレですな(笑)。」と北橋さん。全国でおなじみのオムライスの名前は、思いやりとひらめきから生まれたことを知りました。
ところで、北極星という店名になったのは、いつのことでしょう?「昭和11年に本店ビルを新築した際、政治家の先生から『天に輝く北極星のように、生活の道しるべとなれ』という言葉をいただいたのがきっかけです。」まさに創業時の茂男さんの想いにふさわしい屋号の誕生です。真っ白に輝くモダンな本店ビルは、「味に輝く北極星」というキャッチフレーズとともに、「ここに行けばおいしいものに出会える」と綺羅星のように人々の注目を集めました。

進化し続ける伝統とアイデア

茂男さんが発揮されたアイデアとやさしさを、2代目の北橋さんもしっかりと受け継がれています。知り合いから大阪・堀江でお店を開かないかと相談を受けたことがきっかけで、北橋さんがオムライス専門店を始めたのは昭和59年のこと。「当時の堀江は人通りが少なく、普通のお店ではなかなかお客様が足を運んでくれそうにない。そこで、父にちなんだオムライスに的を絞って、北極星らしい個性が輝くお店にしようと考えました。また、話題づくりのために、伊勢海老を贅沢に使ったオムライスを考案。社内では大反対にあいましたが、みんながソッポを向くところに実はチャンスがあるものですね。」果たして、豪華でおいしい伊勢海老のオムライスは大評判に。メディアにもたくさん取りあげられ、「オムライスの北極星」として認知されていきました。
平成元年にオープンした心斎橋本店は、数寄屋建築でオムライスを愉しめる意外性がヒット。これまで国内外から多くのお客様をお迎えしてきました。

おいしさとやさしさを卵で包んで

誕生当時から守り伝えてきたシンプルでまっすぐな味わいが、北極星のオムライスの魅力です。「ライスには炒めておいしいブレンド米を使い、味つけは醤油と日本酒をかくし味に入れ、また食べたくなるような薄味に。卵に味つけは一切せず、卵そのものやライスの持ち味を生かしています。」
ソースはというと、大切な名わき役です。北極星で一番人気のチキンオムライスには、王道のトマトソースがたっぷりと。「濃すぎず、爽やかに甘酸っぱく。この塩梅が難しい」と、北橋さんのこだわりが息づく自慢のソースです。
「近頃はオムライスも多様化していますが、私自身は『包んでこそオムライス』やと思っています。包むという行為に、やさしさや包容力を感じるんです。」と北橋さん。おいしさとやさしさを包んで、召しあがれ。100年もの間、人々の心とおなかを満たしてきた、北極星の原点です。次の100年に向けて、北極星とオムライスの輝く歴史が、また始まろうとしています。

2022年4月現在の情報です。

■北極星 心斎橋本店

大阪市中央区西心斎橋2-7-27
TEL.06-6211-7829
営業時間 11:30~21:30 *12月31日、1月1日は休業https://hokkyokusei.jp/※営業時間・休業日は変更となる場合がございます。ご来店前に店舗にご確認ください。●大丸梅田店地2階に、北極星の店舗がございます。ご来店をお待ちいたしております。