港町・神戸で生まれた、異国からもたらされた魅惑の香味

大丸神戸店にほど近い神戸元町商店街を歩くと、香ばしいコーヒーの香りに誘われて足がとまります。そこは、放香堂加琲。明治復刻コーヒーのはじまりの物語について、マネージャーの武田昭雄さんにお話を伺いました。
「放香堂は、もともと京都で宇治茶を取り扱う茶商でした。神戸港が開港すると茶を輸出するために神戸に進出し、明治7年に店舗をオープン。輸出先のインドから空の茶壷を運ぶのではもったいないとコーヒー豆を詰めて帰り、茶と一緒にコーヒーの販売をしたのが始まりです。」
放香堂は、明治11年発行の新聞に「焦製飲料コフイー弊店にてご飲用あるいは粉にてお求め共にご自由」という広告を出し、今も当時の記事が大切に残されています。また、明治15年発刊の「豪商神兵湊の魁(ごうしょうしんぺいみなとのさきがけ)」という当時の神戸商人の様子を描いた木版画には、「印度産加琲 放香堂」という看板を掲げた当時のお店が登場しています。
(木版画は、現神戸市立博物館に展示されており一般に公開されています。)

文明開化の味がする? 深煎りの“加琲”

明治時代のコーヒーは、どのようなものだったのでしょう?
「『焦製飲料』とあるように、豆を真っ黒に焦がすほど深煎りしていたと考えられます。また、コーヒーミルもまだ手に入らない時代、抹茶を挽く石臼で代用していたようです。浅煎りは豆がかたく挽きにくいため、ずいぶん深く焙煎していたと思います。コーヒーフィルターも当然ありませんから、トルココーヒーのように豆を煮だしていたようです。」と武田さん。
異国からもたらされた魅惑の“加琲”は、ハイカラ文化に憧れる人々にどれほど愛されたことでしょう。ところが、第二次世界大戦の勃発によって輸入が制限され、放香堂はコーヒー販売をやめることに。戦後復興の後もコーヒーは取り扱わず、日本茶専門店として営業を続けていました。

石臼で豆を挽き、明治の味を再現

放香堂のコーヒーが復活したのは、2015年のこと。コーヒー販売をやめて約70年の年月を経ても、「明治当時のコーヒーが飲みたい」というご要望が多く寄せられ、放香堂加琲を日本茶専門店の隣にオープンさせました。
「明治時代のコーヒーを忠実に再現するために文献や資料をあたり、試行錯誤を重ねました。」と武田さん。今では希少なインド産アラビカ種を数種ブレンドし、当時のように深く焙煎。そして、豆を挽くのは特製の石臼です。毎日店頭でゴリゴリと石臼で豆を挽く姿と良い香りが、街行く人を楽しませています。「石臼で挽くと、味の違いは歴然です。豆の大きさや断面がバラバラで、それが奥行きのある深い味わいにつながります。」抽出は、トルココーヒーの淹れ方に似たフレンチプレスで。「旨み成分のコーヒーオイルを多く抽出できて、豆の個性がダイレクトに味わえます。」
明治復刻コーヒーの名は「麟太郎」。神戸港開港のきっかけをつくった、勝海舟の通名にあやかりました。文明開化の香りがする「麟太郎」。さっそくいただきましょう!深いコクや香りは驚くほど、なのに苦みが強すぎずまろやかな旨みが印象的です。時を超えて、私たちを魅了するコーヒー。文明開花のころに思いをはせながら、味わうのもいいかもしれません。
※撮影のため、一時的にマスクをはずしています。

2022年1月現在の情報です。

■放香堂加琲

神戸市中央区元町通3-10-6
TEL.078-321-5454
営業時間/8:30~17:30 定休日/水曜http://www.hokodocoffee.com※営業時間・定休日は変更となる場合がございます。ご来店前に店舗にご確認ください。