2021 WINTER

愛された源氏絵の数々

国宝 源氏物語絵巻 橋姫
国宝 源氏物語絵巻は、源氏物語を絵画化した現存する最古の物語絵巻で、平安の王朝文化を伝える名画として世界に知られています。
絵巻は、物語の本文を書き写した「詞書(ことばがき)」と「絵」からなります。
その多くを所蔵されている徳川美術館には、尾張徳川家に伝わった3巻9帖、詞書28面・絵15面が、東京の五島美術館には阿波蜂須賀家に伝わった1巻3帖、詞書4面・絵4面が今に伝えられています。
徳川美術館では、約5年にわたる絵巻の修復を完了した記念として、2021年11月13日(土)から特別公開「国宝 源氏物語絵巻」を開催し、館蔵の全巻が一般公開されます。この貴重な機会は、見逃せません。

こころの綾、行間に込められた情感も表現

絵の見どころを吉川さんに伺うと、「眼を線で、鼻をくの字状に描く『引目鉤鼻(ひきめかぎばな)』、屋根をとりはらい、上からのぞき込むような視点で描く『吹抜屋台(ふきぬきやたい)』といった描法によって、源氏物語の世界が見事に表現されています。こころの綾が繊細に表現されている点にも、注目です。たとえば、『柏木三』(前の記事に掲載)では、主人公の光源氏を画面の端に配した不安定な構図が特徴的で、見る人を落ち着かない気分にさせます。正妻の女三宮の密通で生まれた我が子の薫を抱く、光源氏の複雑な心境が伝わってくるようです。」
絵巻の「橋姫」では、成長した薫が宇治に暮らす八宮の屋敷を訪ね、そこで大君、中君という2人の姉妹を見初めるシーンが描かれています。「月明かりに照らされた2人を、薫が垣根の隙間ごしに垣間見しています。寂れた山里で思いがけず美しい姫君に出会った薫のときめきがうかがえ、平安時代の典型的な恋の始まりがよくわかるところも、見どころではないでしょうか。」

国宝 源氏物語絵巻 橋姫 詞書

美しい言葉と文字も、
物語の魅力を高めて

詞書に書かれた優美な文字は「名筆」と称えられ、絵と書が一体となって、源氏物語の魅力を伝えてきました。詞書に使用された当時は貴重な料紙は美しく装飾され、平安貴族の洗練された感性がうかがえます。今回の修復で、額装から本来の絵巻装に戻されたため、今回の特別公開では詞書と絵が響き合う絵巻の世界観を楽しむことができます。

百花繚乱、様々なかたちで描かれた源氏絵

源氏物語画帖 若紫二 土佐光則筆

鎌倉時代から江戸時代にかけて、発注者の意図や絵師の画風に応じて、絵巻だけでなく冊子や屏風、または扇面、色紙など様々な源氏絵が描かれました。たとえば、土佐光則が描いた「源氏物語画帖」は、源氏絵が手のひらサイズの画面に驚くほど精緻なタッチで描きこまれています。吉川さんによると、「当時の南蛮貿易でもたらされた天眼鏡(拡大鏡)を用いた」と言われているのだそう。いわば、最新ツールで描かれたアートだったのですね。
源氏絵は源氏物語や公家の行事、文化を熟知していないと描けないもので、画材や装飾材も希少だったことから、江戸時代初期までは限られた人たちが鑑賞する特別なものでした。江戸中期に印刷技術が発展すると、読者層が一気に広がります。

姫君も楽しまれた江戸の粋、浮世絵版の源氏絵

源氏物語が一般の人々にも親しまれるようになって、表現もより多様になっていきます。浮世絵のなかには、源氏物語をもじった作品も登場しました。
「幕末期に大ベストセラーとなったのが、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)が書いた『偐紫(にせむらさき)田舎源氏』。源氏物語を室町時代に置き換えたアイデアが秀逸です。この物語を歌川国貞が絵に描いた『其姿紫(そのすがたむらさき)の写絵』は『夕顔』の一場面ですが、夕顔が朝顔、扇子がうちわ、牛車は駕籠になっています。その内容が江戸幕府の大奥の実情を描いていると噂されたことも、人気を高めた理由のひとつのようです。」
これらのコレクションが徳川美術館に伝わることから、洒落っ気が効いた粋なパロディを、教養豊かな尾張徳川家の姫君たちも楽しまれていたことがわかります。
時が移り、今は源氏物語という至宝の扉は、誰にでも開かれたものとなりました。この冬は、様々な源氏物語の世界を、こころゆくまで楽しんでみませんか。

其姿紫の写絵 歌川三代豊国(国貞)画

徳川美術館の紹介

御三家筆頭の尾張徳川家に受け継がれた大名文化を後世に伝えるため、19代義親により1935年に設立された美術館。「源氏物語絵巻」をはじめとする国宝9件、重要文化財59件など1万件あまりの大名道具を収蔵。
大名家伝来家宝のコレクションとして日本最大規模を誇ります。

〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017 TEL.052-935-6262 https://www.tokugawa-art-museum.jp
休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)

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