2021 SUMMER

はじまりめぐり
−Vol.2 祇園祭−

はじまりめぐり
古都ごとく京都プロジェクト
大丸京都店 営業推進部 谷 京子さん

祇園祭とは、
どのように始まったお祭りなのでしょう

祇園祭。今は京の夏の風物詩となっている日本三大祭のひとつですが、7月1日から31日まで1ヶ月に及ぶ長い期間をかけてのお祭りはどのように始まり、今に伝えられているのでしょう。その魅力を大丸京都店の「古都ごとく京都プロジェクト」営業推進部の谷京子さんを訪ね、お話を伺いました。
『“祇園祭”は、疫病退散を願い、国家鎮護の祈りから始まったと言われている八坂神社の祭礼なのです。』と谷さん。869(貞観11)年に、都を中心に全国で疫病が流行した時、勅を奉じて神泉苑に66本(当時の国の数)の矛を立て、祇園の神様を迎えて祀り、災厄が去ることを祈願した「祇園御霊会」が始まりと言われています。ひと月に及ぶお祭りの中で祭りを盛り上げる山鉾巡行は、日本の神話や伝説、中国の故事を題材に飾られ、「豪華な動く美術館」とも言われ、街の人々の目を楽しませています。
祇園祭で最も注目される7月17日に行われる前祭(さきまつり)の山鉾巡行は、神様を町にお迎えする前の、いわば露払い。その夕刻、清められた町の中を神輿に乗った神様が巡り、疫病退散を願います。そして7月24日に後祭(あとまつり)の山鉾巡行が行われ、夕刻、神様が神社に還ります。「祇園祭のメインは氏子の町に神様をお迎えする神輿渡御。ご神事なのです。」と谷さん。約1150年の伝統を受け継ぐ京都の祇園祭のお話しをさらに伺っていきたいと思います。

お守りとして飾られる「ちまき」

祇園祭の多彩な楽しみ方

山鉾は全部で34基*あり、前祭は23基、後祭では11基が巡行します。「祇園祭の山鉾巡行は、昭和41年に前祭・後祭が合同化されましたが、平成26年におよそ50年ぶりに、ふたたび後祭が復活し、本来の姿に戻りました。」と谷さんが教えてくれました。
八坂神社やそれぞれの山鉾保存会で、ちまきを授与されているのもおなじみの光景です。「蘇民将来子孫也」という護符がついたちまきは、お守りとして玄関に飾ります。その由来は、八坂神社のご祭神・スサノヲノミコトが、蘇民将来のもてなしの恩返しに子孫を疫病から守ると約束し、茅の輪を目印とするよう伝えた話から来ています。「ちまきのご利益は基本的に『疫病退散』ですが、山鉾ごとに違って、不老長寿、金運招福、縁結びに加え、迷子や雷除けなどのユニークなものも。」 お目当てのご利益がある山鉾を見物するのも、楽しみのひとつです。
*2022年に、約200年ぶりに「鷹山(たかやま)」という山鉾が復活し、34基となる予定です。

受け継がれてきた、町衆の心意気

夏本番が近づくにつれ、町会所の二階から「コンチキチン♪」と、祇園囃子の稽古の音が聞こえてきます。「『二階囃子』といって、京都では季節を知らせる風物詩。」と谷さん。「ちまきを売る子どもたちのわらべ歌や、お囃子の音を聞くと、季節の訪れとともに町衆の心意気、団結力で、お祭りが長く守り伝えられてきたことを実感し、とても感動します。」
山鉾巡行の前に行われる「山鉾建て」も、見ごたえたっぷり。釘を一切使わず縄だけで組み立てる「縄がらみ」という伝統技法で、山鉾が仕上がっていく様子は圧巻。『職人の技と粋』に見惚れてしまいます。あらゆるところに、神様や見物客に喜んでもらいたいという心意気を強く感じます。」

町ぐるみでお祭りを盛り上げ、おもてなし

祇園祭の時期、京の町では、檜扇(ひおうぎ)という植物を玄関や床の間に生ける習わしがあります。檜扇は昔から厄払いに用いられ、いつのころからか疫病退散を願う祇園祭と結びついたそうです。
また、山鉾巡行の前夜祭である宵山期間に行われる「屏風祭」は、鉾町周辺の旧家が表の格子を外して、秘蔵の屏風などの美術・工芸品や調度品を住まいのなかで公開する催し。「動く美術館」の山鉾に対して、「静の美術館」と呼ばれます。「檜扇や屏風祭は、伝統を大切に継承し、幸せを願い、お祭りを町ぐるみで盛り上げる京都人のおもてなしだと思います。」 谷さんのお話を伺うと、一つひとつの風習に人々が紡いできた想いが込められているお祭りは、知るほどに、その奥深さと魅力にとりつかれてしまいます。

檜扇。葉っぱがかつて宮中で用いられた扇に
似ていることに由来します。
※2021年度の祇園祭の山鉾巡行は、新型コロナウイルス感染症拡大を受け、中止が決まりました。
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